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城南エリア 戦跡めぐりツアー

戦跡を歩いて学んだこと

9月5日(土)熊本市南区城南エリアにおいて、組合員ら29 名で生協くまもとの戦後70年企画として陸軍隈庄(くまのしょう)飛行場跡周辺を歩き、今に遺された戦争を学ぶ手がかりを見学しました。

まず初めに『くまもと戦争遺跡・文化遺産ネットワーク』の方の案内で、兵舎敷地跡に立てられた城南病院に向かいました。この病院には最近まで建設当時の正門が残されていましたが、立て替えの際に取り壊しとなったそうで、貴重な資料である戦跡を保存することも厳しい環境なのだなと感じました。


 

最初に訪ねたのは隈庄教育隊施設跡に建てられた城南病院。現在は建替えられましたが以前は施設跡を利用した建物でした

最初に訪ねたのは隈庄教育隊施設跡に建てられた城南病院。現在は建替えられましたが以前は施設跡を利用した建物でした

病院の周辺には、当時の滑走路を活用して造られた道路、爆薬庫、油倉庫など多くの戦跡が残されていました。またお話を聞く中で終戦間近に爆撃隊の中継基地となり、多くの若者がこの場所から飛び立ち還らぬ人となっていた事を知りました。


 

城南病院内に残る「心字池」。沖縄へ出撃する前にここで別れの杯を交わした。

城南病院内に残る「心字池」。沖縄へ出撃する前にここで別れの杯を交わした。

静かな住宅街の中に爆薬庫、油倉庫など多くの戦跡が残されていました

静かな住宅街の中に爆薬庫、油倉庫など多くの戦跡が残されていました


 

次に車で10分ほど移動した火の君文化センターでここには沖縄戦に出撃した若者達の慰霊碑「碧空に祈る」を見学、最後に福祉センターに向かい宇土市にお住いの山田さんより体験談を聞きました。

山田さんは14歳の時に航空隊に入隊しますが、既に訓練に使えるような飛行機もなく、人間魚雷「回天」の基地を作る作業などをしていた、とのこと。「もし、戦争がもう少し長く続いていれば私も回天にのり人間魚雷として出撃し、今ここにいなかったかもしれない」と話されました。

語り部を務めてくださった宇土市の山田浩茂さん(85歳)

語り部を務めてくださった宇土市の山田浩茂さん(85歳)

お話のあと、「くまもと戦争遺跡・文化遺産ネットワーク」の髙谷事務局長から、隈庄・黒石原教育隊などで飛行教官を務められた久我氏の写真資料をもとに説明を受け、今日歩いた戦跡への理解を深めると共に、当時熊本に沖縄戦の最前線が置かれていたことを学びました。

最後に紙芝居「平和のちかい」をみんなで聞いてバスツアーは終了となりました。

パネルを見ながら説明を聞きました

パネルを見ながら説明を聞きました

紙芝居を最前列で見る子どもたち。

紙芝居を最前列で見る子どもたち。

 

 

 

 

 

 

今回このツアーに参加して、何も知らなければ通り過ぎてしまうような静かな住宅街に、こんなに大切なことを伝えてくれる戦跡があることを知り、周りの人たちにも伝えていきたいと思いました。

参加者の感想

●地元なのに、戦跡があることを全く知らなかった

●語り部の山田さんのお話を聞いて、ご両親が引き上げの時に大変な苦労をされたんだなと分かった

●いただいた資料を基に今度は娘と一緒に戦跡めぐりをしたいと思う

●戦跡をめぐることで当時の戦況を垣間見ることができたように思う


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